【健診】レントゲンでは異常なし、肺がんは静かに進む。低線量CTで守るいのち
■はじめに
肺がんは世界で最も多くの人が命を落としているがん種です 。2022年には全世界で約250万人が新たに肺がんと診断されました 。日本でも、肺がんによる死亡者数は男女ともに上位を占めており、重大な健康課題となっています。肺がんがこれほど死亡率の高い理由の一つは、症状が現れにくく早期発見が難しいことです。そのため、多くの患者さんは進行してから見つかり、治療が難しくなってしまいます。早期に発見し治療することができれば、肺がんによる死亡率を大きく下げられる可能性があります 。本記事では、低線量CT(LDCT)による肺がん検診に焦点を当て、その必要性と有効性について最新のエビデンスに基づき解説します。
■肺がんの現状と早期発見の必要性
肺がんは早期に発見できるかどうかで生存率が大きく変わります。がんが肺にとどまる早期の肺がんであれば5年生存率は60-70%以上と報告されていますが、一方で転移が広がった進行肺がんでは5年生存率が一桁台(10%未満)に落ち込むこともあります 。米国の統計では、がんが局所にとどまる「局所型」肺がんの5年相対生存率は約67%ですが、遠隔転移を起こした肺がんでは約12%に過ぎません 。これは早期に発見できれば手術など根治的治療が可能であるのに対し、進行してからでは治療が難しくなるためです。実際、肺がん患者さんの約55%は診断時にすでに進行(遠隔転移あり)の状態で発見されるとの報告もあります 。したがって、肺がんによる死亡を減らすには、症状が出る前の早期段階でがんを見つけ出すことが極めて重要です。
しかしながら、肺がんは早期には自覚症状がほとんどなく、胸部レントゲン検査では微小ながんを見逃すことが多いという問題がありました。以前から胸部レントゲンや喀痰細胞診による肺がん検診が試みられてきましたが、死亡率を下げる効果は証明されませんでした。例えば米国で行われた大規模臨床試験では、胸部レントゲン検診を行っても肺がん死亡率は低下しなかったことが報告されています 。このような中、CT(コンピューター断層撮影)による検診が注目され、特に放射線被ばく量を抑えた低線量CTによるスクリーニング手法が開発されました。低線量CT検診は微小ながん結節も描出でき、肺がんの早期発見に有用であることがわかってきたのです。
低線量CTとは何か?
低線量CT(LDCT)は、通常の医療用CTよりも放射線の使用量を大幅に抑えた胸部CT検査です。撮影の原理自体は通常のCTと同じですが、画像の解像度を必要最小限に保ちながら被ばくを減らす設定がされています。その放射線量は通常のCTの約5分の1程度で、一般的には1回の撮影で約1.4ミリシーベルト (mSv) 前後とされています。一方、標準的な胸部CTではおよそ7 mSv程度の被ばくが生じます 。参考までに、私たちが自然環境から1年間に受ける背景放射線はおおよそ3〜5 mSvとされています 。つまり、低線量CT検診による被ばく量は日常生活で浴びる放射線と同程度かそれ以下に抑えられており、年に1回程度の検診を継続して受けても安全と考えられるレベルです。
低線量CTは、胸部レントゲンと比べて格段に詳細な断層画像を得ることができます。微小な肺結節(しこり)の段階で病変を検出できるため、胸部レントゲンでは見逃すようながんも発見可能です 。その一方で、画像が高感度であるぶん良性の結節まで写し出してしまう(偽陽性)可能性もあります。低線量CT検診では小さな結節が見つかった場合、経過観察や追加検査(気管支鏡検査など)が必要になることがありますが、大部分はがんではありません。このように不必要な精密検査(偽陽性)が増えてしまう点や、進行が極めて遅く命に影響しないごく早期の肺がんまで見つけてしまう過剰診断の可能性が課題として指摘されています 。しかし、後述する大規模研究により「低線量CT検診を行うことで肺がん死亡を減らせる」という明確なエビデンスが示されたため、現在ではそのメリットがデメリットを上回ると考えられています 。
肺がん検診の有効性:米国におけるエビデンス
低線量CTによる肺がん検診の有効性を最初に示したのは、アメリカで実施されたNational Lung Screening Trial (NLST)という大規模臨床試験でした。この研究では、年齢55〜74歳の重度喫煙者(喫煙歴30 pack-year以上)のボランティア約5万人を対象に、低線量CTでの検診群と、従来の胸部レントゲン検診群を比較しました。その結果、低線量CT検診群では肺がんによる死亡率が20%低下したことが報告されました 。これは、胸部レントゲンでは減らせなかった肺がん死亡を、低線量CTによって減らすことができた初めての証拠であり、2011年に米国の医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』に発表されました。この画期的な結果を受け、米国では2013年に予防医療の指針として一定条件下での肺がんCT検診が公式に推奨されるようになりました 。米国予防サービス作業部会(USPSTF)や米国がん協会(ACS)は、「喫煙による高リスク者に対する年1回の低線量CT検診」を強く推奨しています 。
その後、新たなエビデンスや疫学データの蓄積に伴い、米国のガイドラインは対象範囲をさらに拡大しました。2021年にはUSPSTFが推奨年齢を50〜80歳に引き下げ、喫煙歴も20 pack-year以上に緩和する勧告を発表しました 。具体的には、50歳から80歳までで20 pack-year(例:1日1箱を20年、または1日2箱を10年喫煙した計算)以上の喫煙歴があり、現在喫煙中または過去15年以内に禁煙した人は毎年のCT検診を受けることが推奨されています 。この改定により、特に女性や有色人種など比較的若い年齢や軽い喫煙歴でも肺がんになる層を多く救えることが期待されています 。さらに米国がん協会(ACS)や米国の医療ガイドラインNCCNでは、禁煙から15年以上経過した元喫煙者であっても一定の条件下で検診の対象に含めるよう2023〜2025年にかけて基準を見直しています 。これは、禁煙して長年経った方でも肺がん発症リスクが残存することがデータから示唆されたためで、そのようなより幅広い対象にも検診を行うことでさらに多くの命を救える可能性があるからです 。
実際、米国における最新の推計では、現在の基準で検診の対象となる人は約1,276万人にのぼります 。しかしながら、実際に検診を受けている人はそのうち18.7%程度に過ぎないとの報告があります 。言い換えれば、5人に4人の高リスク者は肺がん検診を受けていない状況です。その背景には「肺がん検診自体が比較的新しいため周知が進んでいない」「元喫煙者が自分は大丈夫だと考えている」「喫煙に対する後ろめたさから検診を避ける偏見の問題」などが指摘されています 。検診を受ける人が少ないことは、命を救う機会の逸失につながります。米国の研究者らは、もし対象者全員がきちんと毎年検診を受ければ5年間で約62,000人もの肺がん死亡を防げると試算しています 。裏を返せば、現状の受診率ではそのわずか約4分の1(約15,000人)しか救えていないことになります 。このように、科学的に有効性が証明された検診であっても、実際に受診してもらえなければ効果を発揮できません。今後は医療従事者による積極的な説明や啓発活動を通じて、肺がん検診の認知度向上と受診率アップを図ることが急務といえます。
肺がん検診の有効性:欧州におけるエビデンス
米国のNLST試験が発表された後、ヨーロッパでも独自にさらに厳密な試験が行われました。代表的なのがオランダとベルギーを中心に実施されたNELSON試験です。NELSON試験では、約1万5000人の50〜74歳の喫煙者・元喫煙者を対象に、低線量CT検診群と無検診の対照群を比較しました(対照群がレントゲンではなく「何もしない」群である点でNLSTより現実に近いデザインです )。参加者には0年目、1年目、3年目、5.5年目の計4回のCT検診を行い、10年間追跡して肺がん死亡率への影響を調べています。その結果、低線量CT検診を受けた群では、受けなかった群に比べ肺がん死亡率が24%低下しました 。特に女性では33%もの大幅な死亡率低下が認められ、男性の24%低下と比べても顕著でした (女性の解析は症例数が少ないため統計的有意差はやや不確かでしたが、明らかな傾向が示されました)。この結果は、2020年に医学誌NEJMに発表され、NLSTの発見を追認する強力なエビデンスとして注目されました。「肺がんCT検診により死亡率が下がる」という事実が米国以外の人々でも確認されたことで、世界的にこの検診を導入しようという動きが加速しました 。
欧州各国では伝統的にがん検診の導入に慎重な傾向がありましたが、NELSON試験の結果を受けて状況が変わりつつあります。欧州連合(EU)の委員会は2022年9月、加盟各国に対し「肺がんに対する低線量CT検診の導入を検討する」よう勧告を出しました 。同年12月にはEU理事会もこの提案を正式に採択し、まずは各国で試行的なスクリーニングプログラムを開始するよう呼びかけています 。具体的には、長年の喫煙歴がある高リスク群を対象に低線量CT検診の実施可能性や有効性を各国で評価し、段階的に全国的プログラムへ拡大していく計画です 。現在、イギリスやフランス、オランダ、ポーランドなど複数の国でパイロット事業や地域限定の肺がん検診プロジェクトが進行中です。例えばイギリスでは、移動式のCT検診車を使って喫煙者に肺の健康チェック(Targeted Lung Health Check)を提供する取り組みが行われています。このように欧州でも「肺がんは検診で早期発見しうる疾患である」との認識が広がり、社会全体で肺がん検診を推進する方向に大きく舵を切り始めました 。
欧米の大規模研究が相次いで肯定的な結果を示したことで、肺がん検診の有効性については科学的な裏付けが十分に揃いました。一方で、検診による恩恵が最大限に生かされるには、上述のように対象者が実際に検診を受けることが不可欠です。また、各国で医療体制や保険制度が異なるため、効果的なプログラムを実現するには国の情勢に合わせた工夫も必要でしょう。例えば、検診を実施する医療機関の整備、読影を行う専門医の育成、偽陽性時のフォローアップ体制の確立、そして何より対象となる方々への周知啓発など、乗り越えるべき課題もあります。しかしながら、肺がんによる死亡者数の多さを考えれば、それらの課題に取り組んででも検診を広める意義は極めて大きいと言えます。実際、米国では低線量CT検診が普及し始めて以降、肺がんの死亡率低下に寄与しているとの報告もあります 。日本においても、従来の胸部X線検査に代わり低線量CT検診の有効活用を検討する時期に来ているかもしれません。
非喫煙者の肺がん:広がるリスクへの認識
肺がんというと「タバコを吸う人の病気」というイメージがありますが、近年は非喫煙者の肺がんも増えてきています。世界保健機関(WHO)の専門機関である国際がん研究機関(IARC)によれば、喫煙経験が全くない人の肺がん(いわゆる「肺がん in never-smokers」)は全世界のがん死亡原因の第5位を占めるまでになっていると報告されています 。米国でも肺がん患者の15〜25%程度は生涯非喫煙者であり 、その割合は年々高まる傾向があります。特に若年層や女性で非喫煙者の肺がんが相対的に増えていることが指摘されており、例えば米国では非喫煙者の肺がんは女性に2倍多いとのデータもあります 。日本でも女性の肺がんの約半数近くは非喫煙者由来との推計があり、喫煙習慣だけでは説明のつかない肺がんが無視できない課題となっています。
非喫煙者の肺がんが増えている原因としては、大気汚染(PM2.5など)や受動喫煙、生活環境中のラドン曝露、さらには遺伝的要因など様々なものが研究されています 。2022年には全世界で約20万件の肺腺がん(肺がんの一種)が大気汚染に起因する可能性があるとの推計も報告されました 。東アジア(特に中国)の大都市では、大気汚染による肺がんの負荷が非常に大きいことも明らかになっています 。幸い日本では大気汚染の程度は深刻ではありませんが、それでも都市部を中心に影響がないとは言えません。また、既往の肺疾患(COPDや結核など)があると非喫煙者でも肺がんのリスクが上昇するとの研究結果もあります 。このように、タバコを吸わないからといって肺がんにならない保証はないのが現状です。
しかしながら、現行の肺がん検診の指針では原則として非喫煙者は対象外となっています 。なぜなら、非喫煙者は全体として肺がんになる確率が低いため、大勢に検診を行っても発見できる肺がんの数が少なく、かえって偽陽性検査や被ばくによるデメリットの方が上回る可能性が高いからです 。事実、非喫煙者の肺がんは検診の網から漏れてしまうため、症状が出てから発見されるケースが多く、診断時には進行している割合が高くなってしまいます 。ある研究では、非喫煙者の肺がん患者の診断時5年生存率はわずか26%との報告もあります 。この現状を打破するため、現在いくつかの研究グループが非喫煙者の中から肺がんハイリスク群を見つけ出す手法を模索しています。例えば、慢性の肺の病気(COPDや慢性気管支炎、GERD〈胃食道逆流症〉など)がある人は非喫煙者でも肺がんになりやすい可能性が示されており、将来的にそうした人を検診対象に加えることも検討されています 。とはいえ現時点では明確な指針はなく、非喫煙者の方が肺がんを心配な場合は、症状の有無にかかわらず定期的に医療機関でCTを受けることや、気になる症状があれば早めに専門医に相談することが大切です。
■肺がん検診の課題と今後
低線量CTによる肺がん検診は、科学的には「効果がある」ことがほぼ異論なく確認された段階に来ました 。一方で、その効果を社会全体にもたらすにはいくつかの課題を克服する必要があります。まず第一に、前述の受診率の向上です。米国では検診プログラム開始から10年以上経過していますが、依然として受診率は2割弱に留まっています 。日本でも自治体検診で肺がん検査といえばX線が主流で、CT検診は人間ドックなど一部に限られています。「自分は大丈夫」「検診は面倒だ」という意識を変え、できるだけ多くのハイリスク者に検診を受けてもらうための啓発が必要です。喫煙者の中には、「自分で招いた病気だから仕方ない」とあきらめたり、人によっては喫煙歴を知られるのを恥じて検診を避けたりするケースもあります。しかし、肺がんは喫煙者のみならず非喫煙者にも起こりうる病気であり、誰もが平等に早期発見・早期治療の機会を得る権利があります。「今さら遅い」「自業自得」といった誤解を解き、どんな方でも遠慮なく検診を受けられる雰囲気作りが大切です。
次に課題となるのは、医療体制や費用の問題です。低線量CT検診を大規模に実施しようとすれば、多数のCT装置と放射線技師・医師が必要です。画像読影には専門知識が要りますが、近年はAI(人工知能)技術の活用で読影を補助する試みも進んでいます。また費用対効果の観点からは、限られた医療資源を本当に検診が必要な高リスク者に集中させることも重要です 。現在のところ、もっとも効果が高いのはやはり長年の喫煙習慣がある方への検診ですが、将来はリスク予測モデルなどを用いて、喫煙以外の因子も考慮したきめ細かな対象者選定が行われるかもしれません 。欧米では、今後の研究でさらにリスク層が絞り込めれば「本当に必要な人だけ」を逃さず検診し、不要な人には過剰検査をしないようにする方向が模索されています。
最後に、肺がん検診の究極的な目標は「肺がん死亡率の低下」です。そのためには検診で見つかった患者さんに適切な治療まで迅速につなげることが不可欠です。幸い早期肺がんであれば手術や定位放射線治療で高い治癒率が期待できますし、近年は抗がん剤や分子標的薬の進歩で進行肺がんでも生存期間が延びています 。検診によって、「発見がゴール」ではなく「治療まで含めて救命する」という一連の流れを整備していく必要があります。肺がんは決して自覚症状が出てからでは遅い病気ではありません。定期的な低線量CT検診を通じて早期発見・早期治療が当たり前になれば、将来的に肺がんで亡くなる人を劇的に減らせる可能性があります 。国内外の最新エビデンスが示すこの「検診の力」を上手に活用し、一人でも多くの命を救うことが期待されます。
■よくある質問(FAQ)
Q1. 低線量CTとは何ですか?通常のCTと何が違うのですか?
低線量CTは、肺がん検診に特化して放射線量を大幅に抑えた胸部CT検査です。通常のCTスキャンと原理は同じですが、画像の解像度を必要十分に保ちながら被ばくを減らす設定になっています。具体的には、1回の検査で受ける放射線量は標準的なCTのおよそ5分の1程度(約1.4mSv)で、私たちが1年間で自然に浴びる放射線量と同程度のごく少量です 。したがって年に1度の検診でも体への放射線影響は極めて小さく、安全に受けられるよう工夫されています。また低線量CTは胸部レントゲンでは描出が難しい数ミリの結節も写し出せるという違いがあり、より微小な早期肺がんの発見が期待できる点が大きな特徴です 。
Q2. 誰が肺がん検診を受けるべきですか?
現在、肺がん検診の有効性が確立しているのは喫煙によるリスクが高い人です。国際的な指針では、例えば「50〜80歳で20 pack-year以上の喫煙歴があり、現在喫煙中または過去15年以内に禁煙した方」が毎年の低線量CT検診を受けることを推奨されています 。これは長期間大量に喫煙してきた方で肺がんになるリスクが高いため、定期検査で早期発見・早期治療を図ろうというものです。特に高齢の男性だけでなく、比較的喫煙量の少ない女性や若年層でも肺がんになるケースがあるため、2020年代に入ってからは対象年齢や喫煙歴の基準が緩和され、より多くの喫煙者・元喫煙者が検診の恩恵を受けられるようになりました 。一方、非喫煙者や軽い喫煙歴の方については現時点で定期的な肺がん検診は一般には推奨されていません。自分が検診の対象かどうかわからない場合は、医師に喫煙歴などを伝えて相談するとよいでしょう。
Q3. 喫煙していない人も検診を受ける必要がありますか?
現状では、喫煙歴のない人に対する肺がんCT検診は一律には推奨されていません。なぜなら、肺がんの大部分は喫煙関連であり、非喫煙者に対して大規模に検診を行っても発見できる肺がんの数は非常に少ないからです。それでも見逃しを防ぐために非喫煙者全員にCTを行うと、多数の人が不必要な被ばくや精密検査を受けることになってしまいます 。したがって費用対効果や安全性の面から、現在のところ非喫煙者へのルーチン検診は行われていません。ただし、非喫煙者であっても肺がんになる方が一定数いるのは事実です。米国では肺がん全体の15〜25%は生涯非喫煙者から発生しているとの報告もあります 。受動喫煙の機会が多かった人、大気汚染の多い地域に長く住んでいた人、粉塵やアスベストなどを吸う職業環境があった人、あるいは家族に若くして肺がんになった方がいる人などは、非喫煙でも肺がんリスクが高い可能性があります。このような方は症状がなくても胸部検査を受けてみる意義はあります。まずは医師に相談し、必要に応じてX線やCT検査を検討するとよいでしょう。また非喫煙者の肺がんは検診の網にかからないため症状が出てから見つかるケースが多いです 。咳が長引く、痰に血が混じる、胸や背中の痛み、原因不明の声がれなど気になる症状がある場合は早めに受診することが重要です。
Q4. 症状がなくても検診は受けるべきでしょうか?
はい、症状がない方こそ検診が勧められます。肺がんは早期には症状が出にくいため、症状が現れた時にはかなり進行している場合が少なくありません。実際、肺がんは無症状のうちに発見された場合には治癒が期待できますが、症状が出てからでは治療が難しくなる傾向があります 。検診はまさに症状が出る前のがんを見つけることを目的としており、「自覚症状がないから受けなくてよい」というものではありません。特に喫煙歴がある方は症状がなくても年に一度の検診を検討すべきです。米国の研究でも、CT検診によって症状が出る前にがんを見つけることで生存率が向上することが示されています 。逆に言えば、症状が出てからでは助かる命も助けられない可能性があるため、ぜひ症状の有無に関わらず積極的に検診を受けてください。
Q5. 胸部レントゲンではだめなのですか?CT検診である必要はなぜですか?
胸部X線検査(レントゲン)は肺がん検診に長年用いられてきましたが、早期肺がんの発見には残念ながら不十分であることが分かっています。レントゲンは肺全体を一度に写せる利点がありますが、数ミリ程度の小さな腫瘍は重なった肋骨や心臓の陰に隠れて見逃されることが多いのです。過去の大規模臨床試験でも、レントゲン検診を行った群は何もしなかった群に比べて肺がん死亡率が減らない結果でした 。一方、低線量CTは断層画像で肺を詳しく調べるため、胸部レントゲンでは見つからなかった極小の肺がんを発見できます 。実際、CT検診を行った群では行わなかった群に比べ死亡率が有意に低下したことが証明されています 。現在、胸部レントゲンは肺がん検診の手段としては推奨されておらず、低線量CTこそが肺がん死亡率を下げるエビデンスがある唯一の方法と位置付けられています 。効率良く早期発見するためにも、リスクの高い方はCTによる検診を受ける意義が大きいと言えます。
Q6. 低線量CT検診にリスクや欠点はありますか?
低線量CT検診はメリットが大きい一方、いくつかのリスクやデメリットも理解しておく必要があります。まず放射線被ばくですが、上述の通り線量はごく少なく安全と考えられています。ただしゼロではないため、不要不急の頻回な検査は避けるべきです 。次に偽陽性の問題があります。CTは非常に高感度なため、がんではない良性の結節まで「影あり」と検出してしまうことがあります 。その場合、更なる精密検査(PET検査、気管支鏡、生検など)を受けることになり、心理的・身体的負担が増えます 。多くの結節は経過を見れば問題ないと分かりますが、それが判明するまでご本人にとって不安な時間を過ごすことになるでしょう。また過剰診断の懸念も指摘されています 。過剰診断とは、放置しても一生症状を起こさないようながん(極めてゆっくり成長する初期のがんなど)まで見つけてしまい、不必要な治療につながる可能性があるという問題です 。ただし現在のところ肺がんの過剰診断は他の癌(前立腺癌など)と比べると多くはないと考えられています。それよりも見逃しによる手遅れを防ぐメリットの方がはるかに大きいため、専門家は高リスク者においてはCT検診を推奨しています 。総じて、リスク・デメリットを理解しつつも、「受けないリスク」と比べれば「受けるメリット」の方が大きいのが肺がん検診と言えるでしょう。
参考文献
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